Fashiom Clumn-4
「Sense/センス」

センスとは「感覚、感受性。物事の微妙な味わいを感じ取る能力。
思慮、判断力etc」と説明されています。コラム-1でも少し触れていますが、豊かな感受性をさり気なく自然に表現できる洒落た人、スポーツの世界でもセンスの良い選手とは「バランスが良く無駄な動きが少ない」であり素養を持ちプレイもさまになっているのでしょう。
生まれ持った感性と経験、生き方そのものが人格形成の一つであるセンスを創りあげるのだと思います。言い換えれば繊細であるとも言え、又その人らしく自然だとも言えるでしょう。古い表現では「粋」などが近い言葉では無いでしょうか、言葉や振舞いなど所作の全てにあか抜けた人に対して「粋だねえ!」と言った言葉がかけられたのだと思います。「センスの良い人=粋な人」だとすれば近頃センスの良い人には、めったに出会えませんが、不粋でセンスの悪い人との出会いは沢山あります。それに不思議なセンスの人との遭遇はとても嬉しいものです。私は充分に良い歳で有りながらも「Sense Of Humor」ユーモアのセンスも兼ね備えた粋な大人を目指しています。

5.JULY.2007 

 

 

 



「Fashion Column-3」
「ファッションの定義」
(用語辞典には「流行、はやり、特に服装の流行、または流行の服」「ファッション の中で安定、定着したものがモード」「方法、形式」
注:モード(服飾、風俗、言語などの流行、流行の型、ファッション)と説明されています。)
  
日本には所得格差的な階層は有るとしても、貴族層を持つヨーロッパのような階級制による格差は存在しません。 そして日本やアメリカなど自由資本主義国においては誰もが成功すれば高級エリアに家を建て、高級ブランドを身につけて高級車に乗る事も可能となります。それに最近の市場もセレブなどのワードが氾濫し消費者も高級指向なのか情報誌などを見てもやたらに高額商品が取り上げられているようです。しかし私自身が30年以上この業界に関わりながら、少なからず違和感を感じている事があります。日本はそんなに豊かな国なんだろうか?本当にマッチしているのだろう?記載された高額商品を容易に購入する高額年収層はどれくらい存在するのだろうか? ブランド排出国では歴史が有り伝統的で機能と必要性を兼ねたポジションであるのに対して日本ではトレンド(流行傾向)として位置付けられていたりすること、成熟した富裕層が対象であるものを日本の若年(40才以下)層が購入する現実や断定的な情報(情報誌の断定的なコピー/例:今年のトレンド!は...、今はこれ....etc)に対してなのです。私たち東洋(アジア)民族の生活様式、特性や体型も客観的に見れば何処か無理?があるように感じてしまうのです。また街並の違いも大きいのでしょうね、街の所々に配置された自販機や違法な駐輪、駐車、電柱や看板、統一感の無い建築物などを背景にしても、まるで靴のまま畳の上を歩いているようで少なからずバランスを欠いた感を覚えるのです確かに、経済力さえあれば誰もが何でも手に入れられる社会は豊かで自由で「ファッションの定義」の通りに服飾などは、どうでも良いもので誰に迷惑をかける訳でも無いし、軽い一時的な流行りではあるのでしょうが..。 私が思うに人は「生き方(ライフスタイル)」が最も重要であると思います。洋服にサイズがあるように我々にも各々の人としてのサイズ「身の丈」があります良くも悪くも人れぞれの個性表現の一つが服装で、日々の生活に於いても身の丈に合った「生き方」と人それぞれが自然な生き方モードを創造してファッションやお洒落が、もう少し意味と品格を持つ言葉として「スタイル」が定着することを期待したいと思います。

23.APR.2007 

 


Fashion Column-2
「Good posture/良い姿勢」

欧米の人達と比較すると、我々日本人は姿勢が良く無いなと思う。
全体的にそうで若い人だけでは無い。 ロンドンやパリで行き交う人々のスピード感?と言うかシャープさ? 背も高いが手も脚も首も長いし腰の位置も高くてお尻の形が良いし顔は小さい、こう言ったものは民族的な物でどうしようも無いのですが.....。しかし、姿勢と身のこなしはほんの少し意識する事で相当に変化するものなのです。
女性の場合、まずは少し顎を突き出すくらいに首を伸ばすようにする。お尻を突き出すくらいに腰から背中にかけて上に持ち上げる。足を少し外側に向けてできる限り膝を曲げずに踵で着地しその脚を曲げずに引き戻す。簡単なようでかなりきついでしょう、男も大体は同じですがベーシックなジャケットを綺麗に着る為にはそれなりの胸の厚みが必要な訳で、身体にフィットして発達した胸筋を包み込むような着こなし(脱いだら凄い...みたいな??)がより良いイメージを創る事でしょう。 これは何も歩く時だけに限らず座って脚を組んだり揃えたりする場面にも言えます、また手の動きやポジションも同様です。
ほんの少し心掛けるだけでも違ったあなたを演出できるでしょう。

21.OCT.2005



Fashion Column-1
「お洒落」とは?

人それぞれに解釈も異なりますが、私が思う「お洒落」について少し語らせていただきます。一般的な解釈として、お洒落と言われる人は流行に敏感で経済的にも余裕を持つ人が多い?国内で相当数出版されるファッション系雑誌に於いて「お洒落はこれだ」的に定義付けされているアイテムは共通して高価なものが多い(私にとっては特に?)ように思います。また比較的若い層(20〜30才代)を顧客とするセレクト系のショップに並ぶ商品にしても同様だと言えプライスを見るにつけ、みんなお金持ちなんだと思います。一方的な私の考えですが(男性に限定)、男の真価は40才からだと考えています。これは祖母に生前に聞かされた話しの影響かと思いますが、「男は40才までは子どもで、40才を迎えてからやっと大人になる.........。」たしかに「男40にして惑わず」などと言いますが、成人してからの20年間に、何処で、誰と、どんな時間を過ごしたかで、その人物を形成するに於いて大きく左右するでしょう。随分と前から言っている事ですが、究極のお洒落の定義は品格だと思うのです。決して付け焼き刃なものでなく、その人が潜在的なものとして持つ品性です。抽象的かも知れませんが、人が経験の中で得たものが、その人なりに個性として滲み出る(スタイルとかセンス?)雰囲気、生き方(人生観)が上品(自己を客観的に見れ、人やもの社会に対しデリケートであること)では無いでしょうか。世界的に、これほど迄にファッションの教則本?が多く、それを参考にして高額なジーンズを身につける国もないでしょうね!(選考基準が良く分からないベストジーニスト賞?の有る国ですから仕方ないですがね) 豊か故の現象ですが情報に踊らされて「お洒落を買う」ことで、満足感を得ているのでしょうか? 私は品格同様に、お洒落は買うものではなく、自身で創るもの!だと考えています。見た目で「お洒落」なんて誉められるより「洒落た人」て言われた方が何倍も嬉しいと感じるのです。人は中身だと言われますがこれも理想でしょうかね? 


6.OCT.2005